宝石エッセイ入選作品 2021年1月末締切り分

★★★ 2021年5月末締切り分 ★★★
宝石エッセイ募集の入選作品を発表します

この度もたくさんのご応募、誠にありがとうございました。
11回目の募集においても、多くの貴重なエピソードをお寄せいただきました。
毎度のことではございますが、今回も一つ一つのエピソードがそれぞれに興味深く、個性的で、その中で最優秀賞、優秀賞、入賞の作品を選ばなくてはいけないということは、とても難しいことでございました。
もちろん、それぞれのエピソードに優劣などあるはずはございません。
その中で、特に印象に残ったエピソード、または特に心を動かされたエピソードを14作品、選ばせていただきました。

ここに、最優秀賞、優秀賞、入賞作品として発表させていただきます。

◆総評

最優秀賞に選ばせていただいたご応募作品「娘とガーネット」は、母親ならずともきっと、女性男性問わず、今の自分もしくは過去の自分に重ね合わせ、同じ気持ちが呼び起こされるのではないかと思うエピソードでございました。みんな同様に通ってくる多感な時期、それなのにいつの間にか親と子という立場の違いからズレが生じてくる時期ってありますよね。過去の自分が未来の娘様に宛てたメッセージが、更に未来の自分のことも救ってくれたような、とても尊いエピソードだと思いました。「ただ、娘が笑っていてくれたらそれでいい」・・・の言葉に、全てが詰まっていると感じ、母親の大きな愛情に心が強く揺さぶられました。

優秀賞に選ばせていただいたご応募作品「私の小さな王子さま」は、読み始めてすぐに「きゃ~!」と胸がときめくエピソードでございました。母親にとって息子が王子さまであるように、息子さまからすると母親は最初の「守るべき存在のお姫様」なのかもしれませんね。初めての一人でのお出かけの時に、頭にあったのは自分のことよりもおうちで待っていてくれるお母様へのお土産だった・・・。それが、幼いながらに女性が喜ぶであろう”ジュエリー”であったことに、DNAのレベルで「紳士」なのだなと、心がキラキラする気持ちになりました。将来が、楽しみですね!

今回は、上記の他に入選作品を12作品選ばせていただきました。
毎度のことではございますが、小さな小さなジュエリーや宝石の中に、なんて大きな想いや思い出が詰まっているのだろうと、今回も深く感嘆いたしました。宝石自体、もちろん希少で美しく、それだけでも価値があるかもしれません。でも、その価値はそれを見出す私たち人間がいないと何の意味もありません。キラキラ永遠に輝く美しい”器”である宝石に乗せて、ある時は親から子へ、子から孫へ、そしてある時は愛する人へ、時には同志に、そして友達に・・・。宝石は、そんな想いを伝えるメモリーカプセルのようだと、今回もしみじみと感じました。

この度も数多くのご応募、本当にありがとうございました。
選出できなかった方々のエピソードも、それぞれ優劣付けがたく、その中で上記の賞を設けましたこと、どうかご容赦ください。

当店では今後もこうした募集をおこなってゆきたいと考えております。
次回募集の詳細は下記のページに掲載させて頂きます。

https://www.favorite-stone.jp/compe/

今後も皆様の宝石やジュエリーに対する想いや思い出に触れられますことを、楽しみにしております。
どうぞよろしくお願いいたします。

フェイバリットストーン 店長 内山美緒

入選作品

最優秀賞

娘とガーネット(めぐ 様・千葉県・50歳・女性・パート・アルバイト)

鏡台の引き出しに、16年間眠っていたペンダントがある。ハートシェイプの一粒ガーネットで、娘が生まれた年に買っておいたものだ。誕生石はお守りになると知り、1月生まれの娘のために探した品、高校生になる時に渡そうと大事にしまっておいたのだ。入学式のあと、お洒落なレストランでも予約して、その時渡そうと計画していた。
しかし、入学式を前に私は娘と大喧嘩をした。普段は割りと仲の良い親娘だと思っていたが、反抗期真っ只中の娘には、私の注意は『ウザい』以外の何物でもなく、口をきかない日々が続いた。このままでは入学式も険悪なまま同行しなくてはならない。それだけは避けたいと、入学式を待たず寝ている娘の枕元にペンダントの箱を置くことにした。箱の底には、私が15年前に書いた手紙も入っていた。『高校入学おめでとう。35才のママです。今ハイハイしてママを後追いしてくれる貴女も、このペンダントを手にする時は、親をうとましく思っている頃でしょう。淋しいけれどそれも成長です。貴女が健康で楽しく過ごしてくれたら、それで十分です。ただ世間は危険がいっぱいです。ママはずっと貴女の味方だし、守っていくけれど、ずっと付いて歩くわけにもいきません。だから自分自身を大事にしてください。誕生石はお守りになるそうです。持っていてくれると嬉しいな。生まれてきてくれてありがとう』
親の心子知らず、私も高校生の頃は母に口答えばかりしていたっけと手紙を読んで思い出した。35才の頃の方が冷静だったなとも恥じた。このペンダントも趣味が合わないと片付けられるかもしれないが、私の一方的な自己満足だと納得させ、そっと枕元に置いた。翌朝起きるとテーブルに娘からの手紙があった。『ペンダントありがとう。可愛い!宝物にするね。手紙もありがとう。ママいろいろごめんね』
同性ゆえの心配も苛立ちもある。ただ、娘が笑っていてくれたらそれでいい、そう思った。

優秀賞

私の小さな王子さま(まあこママ 様・三重県・52歳・女性・主婦)

「ただいま、お母さん。」
 勢いよく玄関の戸が開いて、息を切らせて息子が帰ってきた。夜道を走ってきたのか、顔が真っ赤だった。
「これ、お母さんにあげる。」
 小さな手のひらの上には、透明なプラスチックのケースに入ったおもちゃの指輪がのっていた。
「ダイヤモンドみたいやろ。」
「わあ、きれい。ありがとう。めっちゃ嬉しいわ。」と言って、息子をぎゅっと抱きしめた。
 小学2年生の夏、近所の保育園の夏祭りに、初めて息子を、子どもたちだけで行かせてみた。夜に友だちと出かけることだけでも嬉しくて、息子は飛び跳ねながら出かけていった。
 的あてゲームをして当てた数だけ、景品の中からほしいものをもらえたらしい。彼は好きな水鉄砲や光るおもちゃを選ばず、私にプレゼントしようと指輪を選んでくれた。
 小さなおもちゃの指輪は、私の小指にしか入らなかった。飾りのガラス玉がキラキラして、宝石のようにきれいだった。
「お母さんの小指に似合っとるな。お出かけするときに、はめて行きなよ。」
 私のかわいい王子さまは、夫がやきもちを焼くほど紳士的に、私の小指に指輪をはめてくれた。
あれから10年経った今でも、小さなおもちゃの指輪は、リビングのいつも見える棚に、大切に飾っている。久しぶりに指輪を取り出した息子は、
「まだこれ飾ってるの?いいかげん、捨てやんの?」
 と苦笑していた。
「王子さまにもらった幸運のピンキーリングだからね。」
 と言って、私は指輪を小指にはめた。
「何それ、きもっ!」
 息子は笑って、照れ臭そうに小声で言った。
「またいつか、本物を買ったるわ。」

入選

シンデレラの靴 (橘 知里 様・埼玉県・54歳・女性・主婦)

「お母さん、早くぅ。」
私を急かす娘の声。向かった先は、神社の境内にある夜店。「宝石つかみ取り」の文字が目に入る。
彩り豊かな宝石は、下からライトを当てた硝子テーブルの上に散りばめられている。宝石に見立てたプラスチック製のダイヤモンド、ルビー、エメラルド、等々。それに四つ葉のクローバーやキャンディもある。女の子が喜びそうなモチーフばかりだ。待ってましたと言わんばかりに、私にせがむ娘。お金と引き換えに、宝石入れの容器を店主から渡された。直ぐ様、娘は宝石選びに夢中になっていった。動物が獲物を仕留めるかのように。気になる宝石を見つけては、掴んではみるものの、納得がいかず、また、元に戻す。その動作を何回か繰り返していた。元に戻せば、何回でもやり直せる。
暫く見ていると、私は何らかの娘の拘りに気が付いた。どうやら、かなり気になる宝石があるらしい。更に注視していると、ブルートパーズ風の靴型の宝石を必ず掴んでいる。それは、まるでシンデレラが落としていった硝子の靴の様で、一瞬にして心を奪われたのだろう。
小さな掌で掴む宝石の量や種類には限りがある。自分の気に入った宝石を掴むとなると量が少なくなるし、かと言って量を意識すると、お気に入りが掴めない。
「もう、これでいい。」
やっと本人なりに決着がついたようだ。店主がナイロンの小袋に宝石を入れながら、
「おまけだよ。」
と言って差し出してくれたのは「シンデレラの靴」だった。娘にとって届きそうで届かないもどかしさが喜びに変わった瞬間だった。煌めく宝石を街灯に翳して見ている娘の姿が、私の「心という宝石」を輝かせてくれた。「宝石」は既に誰の心の中にも宿っている。但し、輝かせ方は本人次第だ。愛でたり、身に着けたり、時には磨きも必要だ。そして何より大切なのは、その宝石を宿している自身の存在こそが、この世で唯一無二の「宝石」だということだ。

入選

パールのネックレス事件 (ぶしこ 様・北海道・27歳・女性・会社員)

これは、私の父と母がまだお付き合いをしていた頃、何度も乗り越えた別れ話のひとつである。

その日、父は、就職に伴って遠距離になってしまった母に会いに行くために電車に乗っていた。鬱々とした気分なのは、今日切り出されるのが別れ話だからだろう。桜舞う、春で一番綺麗な時分だったという。

母はその日、出かける際に、細長い上品な箱を鞄に入れた。父から貰った金のネックレスである。今日彼に別れを告げると共に、高価なプレゼントもお返ししようと思っていたのだ。家を出る際、母親が顔を出して「気を付けてね」と声をかけたという。あまり色々と聞くような女性ではなかったけれど、私があんまりにも暗い表情だったから、何か察していたのかもしれないね、と母は言っていた。

さて話は進んでいき、いよいよネックレスを返す時がきた。母が鞄からそれを取り出そうとすると「返されるぐらいだったら、ここに捨てていく」と父は言った。「それでも私がもっているわけにはいかないから」と、母が父に渡した細長い箱。ふたを開けたのはどちらだったか。中を覗き込んだ瞬間、二人の頭に疑問符が浮かんだ。そこにあったのは、金のネックレスではなく、パールのネックレスだったからだ。
「それ、私のお母さんのネックレスだったのよね。出ていくときに中身も見ずに入れたから、間違えちゃったみたい」

母は「昔から本当にドジよねえ」と笑いながら話してくれた。その後、どうなったかはあまりの衝撃に二人とも覚えていないらしい。今となれば笑い話だ。

昔から何も変わらない、私の知らない二人の話を、こうやってお酒を飲みながら、笑いながら話せるのが、娘としてひどく喜ばしいことだと思ったのだ。そのネックレスは、祖母から母に渡り、今でも大事に箱に保管されているのを知っている。いつか、私がそれを譲り受けた時には、この話を聞いた景色を思い出して、懐かしくて、ちょっと寂しくて泣いてしまうかもしれない。

入選

母とパールと娘と私(モロボシアンヌ 様・神奈川県・56歳・女性・主婦)

母はパールが好きだった。
パールの指輪を付けた手元を見ながら「美智子さまもパールが好きなのよ」と当時皇太子妃だった美智子さまと自分とを重ね合わせる、そんな母が私は大嫌いだった。

母は私にきちんとすることと上品であることを強いた。
真綿でじわじわと首を絞められるような日々に息が詰まり、思春期に入る頃にはすっかり母を嫌うようになっていたのである。

だから、小学校高学年になった娘が私のことを嫌っていると知った時、血は争えないものだと感じた。

今はもう19歳になる娘だが、こちらが何かを言っても無視するか、「はい」か「いいえ」で答えるのみである。

きっと、私という人間そのものが疎ましいのだろう。
身に覚えのある感情が娘の中にも溢れているかと思うと、因果応報を痛感せざるを得ない。
19の頃の私も、母を全力で否定していたからだ。

それでも当時、母は私に何も言わず、黙って日々を過ごしていた。
今、娘から同じ報いを受けている私も、日々淡々と過ごしている。

しかし、心の中は娘を思う気持ちでいっぱいだ。
その気持ちの大きさに比べたら、娘が私を嫌ったり無視したりすることなんかどうだっていい。
娘が、自分の思う形で幸せであってくれれば、それ以上何を望むというのだろう。
少なくとも私はもうそれだけで十分幸せなのだ。

あの頃の母も、今の私と同じ気持ちだったのではないか。
心の中は私への愛で溢れていたからこそ、淡々と日々を生きてこられたのだ。

今は私が誰かもわからず、施設でひっそり生きる母。
その母への思いも込め、私は来年成人を迎える娘にパールのネックレスを贈ろうと思っている。

パールには、鉱石のジュエリーにはない、有機物特有の肌への優しさを感じる。
娘の若くてまだ不安定な肌を、そっと守ってくれることだろう。

母としてはふがいない私だが、ありったけのエールを込めて贈りたい。

「成人おめでとう」
輝け娘よ!

入選

想いは永遠に(水無月 様・京都府・28歳・女性・主婦)

「ほぼ、さらっぴんやで。」
そういって母が見せてくれた婚約指輪。二人は職業柄、結婚指輪もつけないので、婚約指輪と結婚指輪は、長年仲良く引き出しの奥に眠っていました。

そんな婚約指輪を、ネックレスにして私がつけたらいいと提案してくれたのは母でした。もちろん父にも相談しましたが、その時点で特に賛成も反対もなく。タイミングよく、近くの百貨店で宝石の催事があり、ジュエリーリフォームの業者さんに母と二人で話を伺いに行きました。ダイヤは少し小さくなるが、私が憧れている一粒ダイヤのシンプルなネックレスにできると伺い、最終確認のため、父に電話をかけました。

すると、「あかん」の一点張り。理由を聞いても父は答えてくれず、リフォームの話はそれっきりになってしまいました。

あれから数年後の現在、私は結婚して海外にいます。こちらに来て少し経ったある日、父から電話がかかってきました。口下手な父から普段、滅多に電話はかかってこず、近況はいつも母伝いでした。

「指輪のことやけどさ、治したらええ。お前の思うようにしたらええ。」唐突過ぎて驚きましたが、あの婚約指輪をリフォームしても良いと言うのです。

一世一代の決意をして、母にあげた指輪だったので当初は複雑な気持ちだったが、遠く離れた今、父や母にゆかりのあるものを私に身に着けていてほしいと気持ちが変化したそうです。

父は中卒、母は高卒で、それぞれの家族を支える為、必死に働き、二人は出会いました。私には教育をと、大学卒業まで支えてくれ、母が私には着させてやりたいと貯めておいてくれた成人式の振袖貯金は、私の希望で留学費用に充てました。両親とは、かなり違う道を行く私ですが、いつも温かく見守ってくれている二人には本当に感謝しています。父が母にこの指輪をあげた時の想いも一緒に、身に着けていこうと思います。

入選

守ってくれるもの(保坂 早穂 様・神奈川県・62歳・女性・主婦)

認知症で施設に入居した母の宝石箱を整理していたら、ぐにゃりと曲がったアメジストの指輪が出てきた。

今から半世紀前、父が長男だったばかりに七人四世代同居が始まった。寝たきりの曾祖母と祖父母との同居は母にとっては信じられないほど過酷だった。朝五時から深夜まで働く母を見るにつけ、私は絶対に長男とは結婚しないと誓った。

特に、唯一の味方である父が遠洋漁業に出て半年帰らない時は、心身ともに疲れ切った母の肩を揉みながら「こんな生活を強いる父とは離婚すれば」と進言する私を母は笑ってたしなめた。

だが、父が「長いこと留守にして悪かった」と抱えきれないほどの海外土産を持って帰ってくるのを見ると、子供心に父も辛いんだなと思った。

父の土産の中には必ず母への宝石がついた指輪が入っていた。母は使わないのはむしろ勿体ないと考える人だったので、食料品の買い出しに行く時でも指輪を一つ選びつけて行った。

ある時、学校から帰った私に、母はぐにゃりと曲がったアメジストの指輪を見せた。八百屋さんの前のコンクリートの壁に自転車ごと倒れて、指輪は壊れたけど身体は無事だったというのだ。お気に入りの指輪が大破したのになぜか嬉しそうに
「宝石って本当に守ってくれるのね」

と言った。この時父は遠洋漁業に出ていた。母が八百屋さんの前で転んだのは、六人分の野菜を自転車の前後に積んで、ただでさえアンバランスな所に過労でふらりと目眩がしたからだと思う。こんな過酷な状況に追い込んでいる父を恨むことなく、アメジストの指輪、つまり父に守られたことが嬉しいというのだ。

その時私は母ってどれだけおめでたいのかと思ったが、今は何となくその気持ちが分かる。宝石は大切な人を思って贈るもので、それがその人の身代わりになってくれたら本望なのだ。私も夫から貰ったエメラルドの指輪を、金庫から出してつけてみようかなと思った。

入選

気合いのジュエリー (森江 環 様・神奈川県・42歳・女性・主婦)

試しに入会した結婚相談所で出会った、1つ年上のスリムで爽やかな彼。第一印象は「なぜこんな(出会いに)不自由しなさそうな人が…?」でした。お見合い後、すぐにデートをする間柄に発展。少し口下手で不器用な人ではありましたが、素直で謙虚な人柄をみていると本当に素敵な人だなと思うようになりました。出会って1ヶ月の時「婚約指輪の用意が出来てないんだけど…」とプロポーズされましたが、私はその言葉だけで充分と伝えてOKしました。
しかし後日彼から「今日は買い物に付き合って欲しい」と連れていかれた宝石店で、ダイヤのネックレスを贈られました。いつも指輪はつけない私のことを考えて、婚約ネックレスを購入してくれていたのです。婚約のジュエリーは貰わないことにしていたよね?と聞くと、
「これは結婚への気合いだと思ってください!」
と力強く言われました。
あとから、数日前に単身店を訪れた彼の話を店員さんからお聞きしました。最初は緊張して入店できず数十分店前をウロウロしていたと言う話や、様々な種類のジュエリーを何時間もかけてあらゆる角度から見て、私に似合うものを探していたという話を聞いて、彼らしいなと思いなんとも言えない嬉しい気持ちになりました。
今でも贈られたネックレスを身に付けていると「彼に選んでもらえたんだから、腐ってられないな。気合いだ!」と落ち込んでいても前向きな気持ちへと切り替えられるきっかけをくれます。大切な人から貰ったジュエリーは、年を重ねるごとに贈られた時の思いが深くなり、より強く感じられるようになるものだと、このジュエリーから教えて貰えた気がします。

入選

縁日のルビー(匂坂 光里 様・埼玉県・53歳・女性・会社員)

「どれでもいいから、好きなものを選んでごらん」

父に連れられて行った縁日。夜店の前で私はくぎ付けになった。お姫様のお面、着せ替え人形、花の香りの紙石鹸…。色とりどりの玩具が並ぶ屋台の片隅に、真っ赤なガラスの指輪が無造作に転がっていた。

「これがいい」

おもちゃの指輪は、裸電球の下でひときわピカピカ輝いていた。指にはめると少し大きい。調整できるようにメッキの輪が真ん中で切れている。ぐにゃりと曲がり、力を入れたら折れてしまいそう。

『安っぽいな』

7歳の子供ながらそう思ったけれど、夜空に手をかざすと嬉しさで足元がフワフワした。ガラスの靴を履いたシンデレラの気分。

「大人になったら本物を買ってもらうんだよ、大事な人にね」

背中越しに夜店のおじさんの声が聞こえる。指輪とは、買ってもらうものなのか。それも、大事な人に。
「そんな時が来たら父さんに相談するんだよ。母さんの前にね」

父は薄く笑って、つないだ手に力を込めた。
『おもちゃの指輪のままでいいな』

縁日を後にして、私はぼんやりそう思っていた。

あれから幾つもの指輪を手にした。成人祝いの18金リング。大学卒業時のカレッジリング。免税店で衝動買いしたピンキーリング。指輪は自分史に似ている。その時代に生きていた証しのように、指に寄り添ってくれる。

この春、私は勤続三十年を迎え部長になった。年功序列の昇進ではあるが、それなりに誇らしさを感じる。
『記念に指輪を買ってみようかな』

久しぶりに入るジュエリーショップは、遠い昔見た夜店のよう。シンデレラの靴に憧れた少女の気持ちがよみがえる。
『お父さん、自分のために指輪を買うよ』

大事なひとから指輪をもらうより、生きてきた証しに指輪を選ぶ方が私らしい。今度、指輪を見せにお墓参りに行こう。父が好きだった赤ワインをお供えにして。

入選

涙のかたちのネックレス (江国波 様・東京都・27歳・女性・会社員)

私には、付き合って5年経つ彼氏がいる。
今はもう同棲していて、すっかり落ち着いた間柄になったので、
記念日や誕生日は実用的なものを贈りあうようになったのだが、
過去に、心に残るプレゼントを貰ったことがある。

地方の大学を卒業し、新卒入社のタイミングで上京した2017年。
慣れない都会での生活や、売上ノルマに追われる営業の仕事に疲れ、
泣いてばかりいた。
職場でも、お客様に怒られ、めそめそ。
家に帰っても、思い出し泣きをして、彼に愚痴をこぼす。
泣いてばかりの自分が無力で惨めで、それでまた泣いてしまう悪循環。

そんな中迎えたクリスマス、目を覚ますと枕元に桃色のリボンがかかった
小さな箱が置かれていた。
一目でプレゼントとわかる丁寧な包装に、私の胸は高鳴った。

中には、しずく型のダイヤのネックレス。
上品にキラキラ輝く、素敵なネックレスだった。

横には、自称サンタさんからのお手紙が添えられていた。

「泣き虫なみちゃんへ
メリークリスマス。
最近、とっても頑張っているね。
涙が出るのは、頑張っている証拠だよ。
百貨店のお姉さんに教えてもらったんだけど、
涙のマークは、幸せを貯めるって意味があるんだって。
なみちゃんは今、いっぱい泣いて、幸せを貯めているんだよ。
きっと、大丈夫。」

普段高い買い物をしない彼が、大きな百貨店に行って、
泣いてばかりの私を元気つけるために買ってくれたネックレス。
宝石屋さんのお姉さんに、どんな相談をしてくれたのかな。
想像しただけで、嬉し涙が溢れた。

今でも挫けそうになると、胸元の涙の形のダイヤモンドを見て、
勇気をもらっている。

想いのこもったジュエリーは、一生モノの宝物。

入選

アメジストのつぶやき(紫水晶 様・愛知県・45歳・女性・主婦)

私はもうすぐ結婚十七年目を迎える。アメジスト婚式と呼ばれるらしい。これだけ長い間一緒にいると、いつも心穏やかとはいかず、何度心の中で「別れてやる!」と叫んだことか。しかし、そのたびに、祖父母のことを思い出すのだ。

私の祖母は、二十年前、小さな宝石店である自宅で祖父に看取られた。甘いおやつと歌うことが好きな陽気な祖母だった。私は小さいとき、祖父母に育てられていたようなもので、「おばあちゃんが世界で一番好き!」というのが口癖だった。
祖母はいつも、ネックレスと指輪をつけていた。小さかった私が祖母の宝石をさわると、「おじいちゃんがね、売れ残りをくれるんだよ」と笑って言っていた。私は、(残りものなんかじゃなくて、いいものをプレゼントしてあげればいいのに)と祖父に対して思っていた。
祖母が亡くなったと聞いたとき、私はすぐにとんでいった。祖母はただ眠っているだけのように見え、私はその隣で添い寝をして、「おばあちゃん」と呼びかけ手を握った。指には、濃い紫色をした石の指輪がはめられていた。

祖父が、祖母の指からその指輪を抜き取って私に差し出した。「紫水晶だ。持ってろ」そして、「紫色が一番好きだった」とつぶやいた。

今、私はアメジストを眺めながら思うことがある。
大正生まれの宝石店の人間が、奥さんに宝石を贈るなんてことは、きっと照れくさくて仕方なかっただろう。祖父は、「売れ残りだからやる」などとぶっきらぼうに言いながら、祖母にこの指輪を渡したに違いない。でも、それは、祖母が一番好きな色で、祖母の指にぴったりとはまったのだ。祖母もきっと、そんな不器用な祖父のことを分かっていたに違いない。

今となっては真意を確かめることができないが、このアメジストが私にそうつぶやいているような気がするのだ。

入選

宝石のチカラ(磯野 桜 様・島根県・59歳・女性・フリーランス・自営業)

父は紺色のスーツがよく似合った。家計はいつも苦しかったはずだが、工夫することに長けていてなかなかにおしゃれな人だった。
父が亡くなったときの喪失感を私は忘れない。私にはもう帰る場所はない。私がどんな行いをしようとも、どんな人間に成り下がろうとも、きっとまるごとその懐にかき抱いて温めてくれるであろう存在を、私は永遠に失ったのだと思った。

晩年の父に一貫して強気だった母の一人暮らしにおぼつかなさが見えた頃、母は父の形見だといって私に翡翠のネクタイピンを与えた。決して高価ではないがそれは間違いなく父のお気に入りだった。その深い緑色は、父のふるさとの海の色を思わせる。しんと静かで、思索に富む父の瞳のようだ。父がキリリとネクタイを締め、さあと臨むときにこれを身につけた意味が、私の手のひらの上に立ち上る。

数日後に私が訪れたのは、シャッター通りと化した古いアーケード街の宝石店だ。店主は帆布のエプロン姿で、いつも黙々とルース加工に精を出している私の古い友である。彼はネクタイピンを手に取ると、余計な細工をせずあっという間にペンダントに変えてくれた。泣くな、と言いながら付けてくれたペンダントは、以来私の胸元でお守りとなった。

彼が言うには宝石は時にチカラをくれるそうな。仕事の泣き言を言うたびに、嫌な仕事をするときはジュエリーに守ってもらえと言う。奴の戦略かと疑いながらもその後私はいくつかの宝石を彼から買い、おかげさまでなんとか仕事を続けてきた。

今、娘が嫁ぎ、息子は可愛いお嫁さんを迎えた。私の宝石たちはいつか、彼女たちのチカラとなり得るだろうか。その形を変えても、私の思いが宝石を通して彼女たちを守ってくれますようにと願う。

ともあれ、翡翠のペンダントをどちらに譲るべきか、思案に暮れる還暦である。

入選

魔法のかかった指輪 (さらまる 様・兵庫県・18歳・女性・学生(小中高生))

お姫様になりたかった。キラキラ光るアクセサリーをつけて、ふわふわのドレスを着て、王子様と踊る。そんな夢を見ていた。

「きれい……!」

まだ幼稚園児の時に行った夏祭りで、暗闇の中で一際光る屋台の指輪に夢見る私は虜になった。小さなシルバーリングに大きめの宝石が1つ。パール、サファイア、ルビー、ペリドット。様々な宝石の中でも私を惹きつけたのはダイヤモンドだった。絵本の中で、お姫様が王子様にはめてもらっていたのがダイヤモンドの指輪だったから。私はその指輪を着けたらお姫様になれるんだ!と思って、渋る母に凄くおねだりして買ってもらった。
指にはめた瞬間、着ていたワンピースがまるでドレスに思えたし、屋台のひしめくお祭り会場でさえお城のダンス会場に見えた。キラキラ光る指輪は私をお姫様にしてくれた。

小学生になった私は、母からひょんな事で指輪のダイヤモンドが本物でないことを知った。衝撃を受けた私は偽物じゃお姫様になれない、と大泣きした。お姫様になれる指輪だと思っていたのに。宥める母はそんな私に1つケースを取りだし中の指輪を見せてくれた。キラキラのダイヤモンドの指輪だった。
「これはお父さんがくれた婚約指輪だよ。」
お父さんがお母さんに渡した指輪はもう何十年も前のものなのに、その時もケースの中で輝きが絶えていなかった。
これでお姫様に…!とそれが欲しいとねだる私に、母は目を細め、笑って言った。
「これはね、あなたが大きくなった時に、あなたの事を大好きな人があなたを思って渡してくれるのよ。愛の証なのよ。」

また母は言った、指輪の輝きは自分のことを考えて選んで貰った人しか分からない輝きもあるのよ、と。

私の魔法のかかったキラキラ光るダイヤモンドの指輪が、いつの日か、私の王子様が現れて、愛の溢れたキラキラのダイヤモンドの指輪に変わってそれをはめてくれる。そして本当の輝きを知る。
その日まで私は魔法にかけられたままだ。

入選

宝石のきらめきは思い出のなか (りえまる 様・東京都・28歳・女性・公務員)

「宝石の美しさは、宝石にまつわる思い出で決まると思う。」そう言って、母は小さな指輪を幼い私に見せてくれた。金色の貝殻のケースに入った、どんな人間の指にも入らないと思われる程に小さい指輪だった。母の誕生日に父から貰ったのだという。誕生石であるサファイアの指輪だ。付き合って間もない頃、父から『チェーンを通して使うネックレスだ』と貰ったそうだ。その指輪は、まだ収入もさほど無かった父にとって精一杯の贈り物だった。無理をしてでも贈り物をしようとしてくれた父に、母は感動したのだという。それから時は流れて、私は大人になり、結婚を控えていたある日のことだった。母が箪笥からあの金色の貝殻を取り出した。「これ、あげようか。」母が意外なことを言った。「思い出の品なんじゃないの?」と聞くと、「良いの。いつかあげるつもりだったから。」と言う。不思議に思いつつ、母から思い出のネックレスを譲り受けたのだった。
後日、私は結婚指輪を作るために婚約者と宝石店へ行った。指輪のカタログを見たとき、なんとあの指輪と同じサイズの指輪が「ベビーリング」という名前で載っていた。ベビーリングを調べると、隠された思い出に気付いた。ベビーリングは、誕生を祝福して赤ちゃんに贈る指輪だそうだ。子が小さなうちは、母がネックレスとして身に着け、大人になったら我が子に贈るものとのことだった。父は「ネックレス」を贈った訳じゃなかった。恋人に「生まれてきてくれてありがとう」というメッセージを強く伝えたかったから、母の誕生石のベビーリングを選んだ。そして、付き合い始めで、将来この人と結婚して家族になりたい・・という願いもあった。その願いをプレゼントにこめていたものの、気恥ずかしくて本当のことは言えずに、ただのネックレスだと言って贈ったのではないだろうか。これに気付いた日から、母から譲り受けた宝石の指輪は、美しさを一層深めたのだった。